学校へ向かう道の途中、マガタさんと一緒になった。「おはよう」
「おはやう」二つ結びにした長い黒髪とドレスっぽい服。
「今日はどっちなの?女の子?」
「そう。今日はこっちが担当」
あたりだった。機嫌が良い。担当をあてたのでさらに良くなったようにみえた。
「面白いことがあったんじゃなくて、今日これからあるの。先週からずっと楽しみにしていた…」
「私に会える日?」
後ろから声。サイオンジさんだ。こんな声出せる人他にいないから振り向かなくてもまちがえない。
「ハロー、マガタさん、サイカワ先生」
わたしのことをサイオンジさんはいつも先生と呼ぶ。学年は同じはずだけど。もしかしてそのうち自分の半生を長い長い手紙に綴って送らなければいけないかもしれない。
「また私のサイカワ先生を一人占めしようとしたわね。いつもいつも、ひとのものを横取りして」
「四十万なんかじゃ安すぎよ」
どうせどちらかのものになるのなら、マガタさんのものになる方がいい。そんな気がした。すくなくとも彼女は、わたしのことを「自分のもの」なんて言わないだろう。マガタさんは、そんな執着をする質ではない。
「黙れ」
言い放ったサイオンジさんは、(鞄をゴニョゴニョさせながら)ナイフを取り出してみせた。銀色のナイフだ。楽園へ導いてくれたりするのだろうか。
「そうよ」そうなのか。
「最初から、こうすればよかったんだ。そうよ」勘違いだった。
「もっと前に、はじめてあなたをウザイと思ったときに、こうしておけばよかったんだ。そうすれば、私のサイカワ先生をとられちゃうなんて、心配しなくてすんだのに。私のサイカワ先生も、もうどこにもいかないんだ。私のところに、私だけのところにいてくれるんだ」
だんだん声が棒読みになっている。深く静かに、マガタさんを見つめている。
本当は、マガタさんを、奪い返したいんじゃないだろうか。ずっとマガタさんのことを考えていたのだろうし。
「先生……マガタさん…マガタ、サン……」
サイオンジさんがナイフを構える。ちょっとだけ、怯えた新妻っぽい。
「サイオンジさん」わたしの声を聴いて足が止まる。「実家はお寺じゃなかった?」黒目が動く。すごく睨まれる。
「これは殺生ではありません」あっそ。
当のマガタサンはというと、既に腹を抱えて道に倒れていた。立てないくらい大笑いしていたのだ。じたばたするたび、髪がアスファルトに散らばる。うねる。
「た、助けて…死にたく、ない…」
笑いながらそんなこと言われてもねえ。

あとがき

なにこれ。
最初のテーマは「朝の爽やかな登校風景」だったはずなんだけど。
いつも室内の、モノローグか、二人の会話ばかりだったから、たまにはいつもと違う、なんかこう、明るい雰囲気のものを書くつもりだったのだけど。なんでこんなことに?
サイオンジさんは、ニシノソノさんとすべきところだけど、「実家がお寺」ネタのためにサイオンジさんになってもらった(それに武器がナイフだし)。